06/14 20:49

日本は素晴らしいパフォーマンスを見せて予選リーグを1位で突破した。
ロシア戦の後も同じだったのだが、日本がミスらしいミスをせず、集中が途切れることもなく、危機感を失うことなく勝つと、ゲームに関してはほとんど書くことがなくなってしまう。
ロシア戦の後、わたしは守備的MFの戸田選手のファンになった。
足がけいれんするまで走り続け、最終ラインの前で敵をつぶす姿に感銘を受けたからだ。
長居では戸田選手のユニホームを着て、髪をとがらせ赤く染めて観戦しようかと思ったが、年齢のことを考えて恥ずかしいのでやめた。
明神選手も、以前からセンスがいいなと思っていた。
もう1人の守備的MFである稲本は、今や日本を代表する選手に成長している。
つまり日本の守備的MF陣は現時点で非常に充実しているということだ。
ボランチとも呼ばれるこのポジションは、実は現代サッカーのダイナモ・力の源泉であり、攻守の要でもある。
フランスやアルゼンチンは、ビエラとシメオネという攻守の要が不調で敗退したのだとわたしは思う。
チュニジア戦でトルシエは先取点を奪ったところで稲本を温存し、右サイドの明神をボランチにシフトした。
今の代表チームは中盤の人材が豊富だ。
戸田はベルギー戦とロシア戦を経て、はっきりとレベルアップした。
こんな短期間になぜそのようなレベルアップが可能なのだろうか。
W杯に出場する選手にはわたしたちにはうかがい知ることのできないものすごい重圧がある。
ゲームでは一瞬も気を抜くことができないし、コンディションの維持も簡単ではない。
しかしそういった厳しいゲームを体験することで、選手は成長する。
また、中田英や小野や稲本の存在が大きい。
中田英と小野は、ベルギーやロシアやチュニジアの代表選手より強くうまい選手と日常的に対戦している。
だから彼らは初戦から決して慌てることがなかった。
そして彼らはそのことをチームメートにきっと伝えたのだと思う。
「慌てることはない。
あいつらは決して弱くないが、どうしようもないほど強いわけじゃない。
うまくやれば必ず勝てる」中田英や小野のそういう情報には力がある。
なぜなら彼らはそういう情報を「伝え聞いた」わけではなく、実際に「体験」しているからだ。
戸田や明神、もちろん他のすべての選手たちは、中田英や小野の情報を信頼しただろう。
そして実際にゲームでその情報を実感することで、選手全員に自信が生まれていった。
1戦目、2戦目、そしてチュニジア戦と、彼らは強くなり、レベルアップしたのだ。
日本代表には現在の日本人を象徴している部分がある。
海外で競争にさらされながら自己表現してきた選手たちが、信頼すべき情報を伝え、全体がレベルアップされた。
サッカーに限らず、「日本」という閉じられた枠の中だけで、全体の、また個々のレベルアップが可能な時代はとっくの昔に終わっている。
今ごろは日本中が決勝T進出に浮かれているだろう。
だが代表選手たちは、新しい重圧に向かい合っているはずだ。
戦いはまだ終わっていない。
できれば決勝まで戦い続けたい。
彼らは、そう思っているだろう。
(作家)××むらかみ・りゅう1952年長崎県生まれ。
武蔵野美大中退。
76年「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞受賞。
他の著書に「コインロッカー・ベイビーズ」「悪魔のパス天使のゴール」など。

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