[写真]「ゴーイング・マイ競技」活躍し女子選手増やしたい 自転車スプリントの佃

自転車競技は欧州では人気があるが、日本ではまだマイナーの域を出ない。特に女子は競争相手にも事欠くのが現状だ。その女子スプリントで北京五輪代表になった22歳の佃咲江(つくだ・さきえ)(北海商大研究員)は「日本のレベルを上げ、五輪で少しでも活躍して女子の競技人口を増やしたい」との思いを秘めて北京に向かう。
北海道・釧路星園高まではスピードスケートの選手で、高校総体にも出た。夏場の自転車トレーニングでは抜群の速さを発揮。同高で長野五輪銅メダリストの岡崎朋美(おかざき・ともみ)(富士急)らを育てた橋本裕治(はしもと・ゆうじ)監督(51)から転向を勧められ、指導者のいる北海商大(当時は北海道北見市)に進んだ。
大学1年の春に東日本学生選手権でいきなり三千メートル個人追い抜きを制覇。「自転車が楽しくなり、五輪を意識するようになった」と言う。大学4年間はたった独りの自転車部員として頑張ってきた。
多くの困難を克服し、五輪切符を手にした。今も練習拠点とする北見市は1年のうち5カ月は道路が凍結し、競技用の自転車に乗れない。佃は転倒防止のため、スパイクタイヤをつけたマウンテンバイクに乗るなど工夫を重ね、鍛錬した。
この春卒業し、大学側の好意で1年間は研究員として残れることになった。「女子は競技を続けること自体が大変で、みんなは学校を出るとやめてしまう。どこかにチームがあれば一緒に練習できるんですが」。女子に受け皿はなく、来年の進路は不明だ。
転向後の4年間で自転車を続ける難しさを痛感したという。自身の活躍によって「女子を強化できる環境ができてくれれば」と北京での健闘を誓った。

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