06/09 23:01
日本のW杯初勝利は、2度目の大舞台を踏んだトルシエ監督にとっても歴史的な瞬間だった。
ロシアを1-0で振り切った。
試合終了のホイッスル。
ベンチでスタッフと肩を組み合い、喜びの輪ができた。
そして、イレブンが戻ってきた。
中田英寿(パルマ)のほおをポンとたたいて祝福。
監督と司令塔が、勝利を確かめ合った。
南アフリカを率いた前回フランス大会は2分け1敗。
28歳の若さで現役を引退し、指導者の道に進んでから、約20年の歳月を経てたどり着いた一つのゴールであった。
「強運の男」を自負する。
1989年から渡り歩いたアフリカの出発点、コートジボワール・リーグのアビジャン監督時代に、こんな不思議な話がある。
試合は後半残り5分。
2-4で負けていた。
突然、トルシエ監督がピッチに“乱入"した。
エースのユニホームをつかみ、「おまえの自尊心はどうなっているんだ。
働け!自尊心を目覚めさせろ!」と怒鳴り声を浴びせたという。
エースのゴールで、試合は逆転勝ち。
「トルシエの体には神が宿り、白い液体が流れている」。
以来、画期的な3-5-2の布陣で3年間国内無敗記録を樹立し、いつしか「白い呪術(じゅじゅつ)師」と呼ばれるようになった。
6人兄弟の長男としてパリで生まれ、選手時代は屈強で不器用なDF。
フランス時代の「2人の父親」が、現在の厳格で情熱的な指導の原点だ。
研修生として引き抜かれた2部リーグのアングレームでは、恩師のスキバ監督にけんか腰で規律を植え付けられた。
レッドスターでは、現フランス代表のルメール監督に若手育成の管理術を教え込まれた。
そして、日本で指導者としての野望が花開いた。
青年監督も多くの修羅場をくぐり、この4年で一歩ずつ成長した。
W杯初勝利は「強運」の力だけではない。
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