06/09 23:24

後半立ち上がりのざわめきが落ち着き、横浜の夜空に涼風が流れた瞬間だった。
後半6分。
左の中田浩からペナルティーエリアの柳沢へ低くて速いパス。
柳沢がダイレクトではたくと稲本の足下に収まった。
狙い通りのパスワークにロシア守備陣の足が止まった。
稲本は冷静に右足インサイドでゴール上のネットを揺らした。
日本のW杯初勝利を引き寄せた決勝ゴール。
静寂は一瞬にして大歓声へと変わった。
笑みが弾けた稲本は小野と右こぶしを合わせ、喜びを表した。
後半40分に交代し、その時をベンチで待った。
勝利が決まると誰彼なく抱き合った。
「結果的に僕が取ったのはうれしいが、チームとして取った得点。
守備で0点に抑えられたのが大きい」。
中盤の要らしく、11人が連係して攻め、守った末の歴史的な1勝の至福を味わった。
稲本の礎を築いたG大阪のユース時代から、当時の指導方針で攻撃の楽しさを教えられてきた。
もともとFWのポジションから守備的MFへの適性を買われた稲本だが、攻めの姿勢を忘れたことはない。
そしてラストパスの柳沢。
ベルギー戦の2点目に続き、2人がさわやかなリズムを奏でた。
柳沢はFWという最前線のポジションだが得点だけでなく、周囲を生かすプレーにも価値観を見いだす。
組織で取る得点への喜びを優先するのは、彼の揺るがない哲学だ。
2人の得点に対する姿勢が大舞台で絶妙に絡み合い、日本が待ち望んだ「勝ち点3」をもたらした。
稲本の真骨頂はむしろ得点の後だ。
中距離のパスでスペースの大きく開いた敵陣へ前線の選手を走らせる。
ペナルティーエリアすぐ外でロシアのパスワークに崩されかかると、体を張ってボールを跳ね返した。
敵陣から自陣まで、ピッチ中を駆け回った85分。
イングランドのビッグクラブでの経験を存分に出し切った舞台となった。
「欧州のチームは日本の気候に慣れていないので、後半ばてる。
リズムを変えて攻撃できるかが重要」。
日本の狙う戦い方を体現してつかんだ1勝に、稲本の胸の高まりはなかなか収まらなかった。

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