06/30 23:56
▽からだに刻まれた技術▽驚いたリバウドのスルー試合は、嵐の前のような重苦しい展開で始まった。
序盤のブラジルは眠っているような感じで、ときおり集中が途切れるときがあった。
だがひょっとしたらそれは戦術だったのかもしれない。
ドイツの攻めは、強い弾性のゴムのようなブラジルのふところ深いディフェンスにことごとくはね返された。
ブラジルは攻撃でリスクを負わず、前線の3人の「R」に任せて、ロベルトカルロスもカフーもほとんど上がらなかった。
両チームとも勝ちたいというより、負けたくないというサッカーをした。
縦への動きが少ないし、難しいパスも回さない。
それでは試合がつまらないかというと、決してそんなことはなかった。
先取点を与えたらすべてが終わってしまうという重い緊張感がピッチ全体に満ちていた。
後半22分、ついにブラジルが先取点を奪う。
ロナウドが相手ボールを奪い、リバウドに短いパスを出す。
ボールを受けるとリバウドは信じられない速さで強烈な回転のシュートを放ち、これまで鉄壁だったカーンが前にこぼした。
そういうチャンスをロナウドが逃すわけがない。
軽々とゴール右隅に押し込んだ。
ほとんどその先取点だけで決まりだった。
ドイツは高さを生かした攻撃を仕掛けるが、ブラジルのディフェンスは落ち着いて処理し、ほとんど危なげがなかった。
34分、ブラジルはカウンター気味に右サイドを突破し、グラウンダーのクロスをリバウドがスルーして、またロナウドがきっちりと決めた。
リバウドのスルーにはびっくりした。
どうしてすぐ左にロナウドがいることがわかったのだろう。
まるでトラップしてシュートを打つかのようなスルーが、なぜあの瞬間にできるのだろう。
あれはW杯の決勝だからできたというプレーではない。
子どものころから、何度も何度もやってきて、からだにそのリズムとタイミングが刻まれているというプレーだった。
ドイツは、技術という力にズルズルと押し切られるようにして、完敗した。
今、ブラジルチームがW杯を掲げてスタジアム内を周回している。
ロナウドは得点王を取ったし、リバウドも満足そうな笑みを浮かべている。
リバウドの笑顔を生で見るのは初めてだ。
彼らはいったいどのくらいうれしいのだろう。
W杯の優勝というのは選手やサポーターにとってどのくらいうれしいのか、見当がつかない。
W杯が終わって、日本はこれからどのようなサッカーを目指すのかという論議が始まっている。
本当は、代表監督が日本のスタイルを決めるわけではない。
日本の一般的なファンが決めるのだ。
わたしたちは、どんなサッカーが好きなのかを明らかにして、それを自国のリーグ戦、つまりJリーグを通じてアピールする必要がある。
21世紀最初のW杯はブラジルが優勝した。
だがその結果をひとごとのように受け止めてもしょうがない。
わたしたちの代表も決勝トーナメントまで出場したのだから、オペラの鑑賞などとは意味合いが違う。
どのようなスタイルのサッカーを支持するのか、ドイツとブラジルの戦いはそのことをわたしたちに問いかけていたのだと思う。
(作家)××むらかみ・りゅう1952年長崎県生まれ。
武蔵野美大中退。
76年「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞受賞。
他の著書に「コインロッカー・ベイビーズ」「悪魔のパス天使のゴールなど」。
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